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| プロフィール |
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Author:YOTTI
関東在住のエンジニアの卵
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| mixiの日記公開範囲設定について |
mixiの日記が以前から要望の多かった公開範囲設定についに対応した模様。
ただし一部の人には今回の設定には抵抗を感じるだろう。今まで「友人に日記」にたくさん記事をアップしていた人が突然記事の更新が無くなったとしたら、これは自分が公開範囲から外されていると思わずにはおれないのではないか。今まで曖昧で済まされてきたマイミクからの自分の距離関係を意識させられることで、mixiユーザ間で静かな混乱が起こるように思う。
mixiなどSNSがブームになった当初、ブログなどのオープンなイメージの強い既存のWebに対する、クローズドなWebサービスとしての側面も注目されていた。しかし現実問題、マイミクまでの申請なら、顔見知りであればお願いされたら現実世界での人間関係にも影響するので断りづらく、mixiが広く普及するにつれてmixiの持つクローズドな側面は弱くなっていった。 SNSが現実世界の人間関係に基づいたサービスであり、人間関係における人の興味がゴシップ的な側面なども含む以上、公開対象の拡大に応じて公開できる最大公約的情報は縮小し、SNSを通じたコミュニケーションの内容は薄いものになり、それだけサービス利用者での魅力は薄まることになる。結果サービス利用者の閲覧数も伸び悩み、閲覧数と直結する広告料も頭打ちになってしまう、緩慢とではあるが確実に成長に足止めをかけるこの問題はmixiとしても乗り越えたかったであろう。 そこで今回の多くのユーザからも要望の高かったユーザ別の公開度の設定機能の登場となった。今回の日記の公開範囲の区別によるクローズ化は、自分の友人の間で明確な一線を引くという行為が明示的に断るという行為に至らないこと、相手が疎外されているかどうか確かめる手段が(現時点では)存在しないことなどから、心理的抵抗も少なく、mixiのクローズ化は再び進むと思われる。
もっとも、現実世界においても相手によって人間関係の密度を変えることは多かれ少なかれ誰もが行っていることなので、今回のmixiの公開範囲機能自体を悪く言うつもりはない。問題があるとすれば現実世界での人間関係の差異のつけ方はオブラードに包まれるのに対し、mixiでは日記を見せる見せないというわかりやすい形で自分とマイミクとの距離を意識されられてしまうことだろう。今まではmixi上での友人からの自分の相対的な位置は、マイミクという単一の扱いでぼかされていたのが、今回の公開度の区別可能化により、たとえ公開度がわからなかったとしても(わからないからこそ)、相手から見たマイミクの中での自分の位置を意識せざるを得なくなる。こうした意識は特にネット世界でのゆるい人間関係に居心地の良さに魅力を感じてきた利用者に違和感を与えるであろう。
この、マイミクから公開範囲が外されたと感じたときの疎外感は場合によって感じ方は異なる。公開設定はユーザが設定した友人のグループに応じて行われるが、人が一番疎外感を感じるのは、顔見知りの友人同士のグループの中で自分だけが疎外されたと感じたときである。別にまったく知らないグループの人と公開度を区別されたところでそれほど傷つくことはないであろう。 しかるに今回のmixiの公開度の設定ではグループの設定が設定したユーザしか見えないため、疎外の裏のメカニズムがまったくわからない。微妙な距離のマイミクに対しては自分だけがはじかれているのではないかと疑心暗鬼になる人もいるだろう。グループによって公開度に差をつけるとしても、せめてマイミクがどのようなグループに所属しているかがオープンになっていれば、どういう趣旨で公開度に差をつけているかが明示的になり、少なくとも上記のような問題は起こりにくくなるのではないだろうか。
今回mixiは(今となっては)準オープンな日記の公開ポリシーから利用者が内密に設定したクローズな公開ポリシーに一気に舵を切ったわけだが、その前に上で述べたような公開度の基となるグループを明示化する仕組みをクッションとしておいても良かったのではないかと思う。もちろん内密に公開度を設定できないことによる日記公開の機会損失もあるであろう。しかし実際はマイミクを疑心暗鬼にさせるような同じグループ内での公開度の使い分けよりも、自分が現実世界で所属する、クラブ、職場、大学、などの、多くのユーザにとって公開度差に対する納得性の高いグループ分類での利用の方が需要が大きいのではないかと思う。個人的にも人に隠すような公開ポリシー(日記ではない)でないと書けない内容も多くの場合どうかと思う。しかもいまやmixiは国内最大手のSNSであり、ユーザの人間関係という非常にナイーブな対象に影響を与えるサービスである。まずはなるべくユーザ間の人間関係に波風を立てない形でステップを踏んでサービスを試行し、ユーザへの影響を見た上で慎重に事を運ぶべきではなかったか。
*mixiの人間関係維持装置としての側面についても触れたいが、少し長くなってきたので次の機会に。
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