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Orfeon Blog

読んだ本の要約、感想など。 他にも日々思ったことをつれづれと書き連ねます。

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インド旅行記1 

もう1年半近く前になるが、卒業旅行で行ったインド旅行について忘れないうちに書いてみることにする。

そもそもインドに行くと決まったいきさつであるが、特になんという理由も無く、社会人になったらなかなか行けなさそうなところで思い浮かんだのがたまたまインドであっただけだった。あとはその時ちょうど読んだ沢木耕太郎の深夜特急で描かれていたバックパッカーの姿に漠然とした憧れを持っており、(なぜか)バックパッカーといえばインドというイメージがあったのも理由である。
旅行は最初は英語が堪能な研究室の留学生と一緒に行くつもりだったが、諸々の事情により彼は行くことができなくなり、急遽1人で行くことになった。これまでの海外旅行経験といえばその3年前に友人とスリランカに行ったことくらいで、しかもその友人が英語が堪能だったこともあり、移動から宿探しまでほとんどの旅のやりくりは彼にまかせっぱなしだったという体たらくである。そんな自分が単身インドなどに行ってちゃんと帰ってこられるのかかなり不安であった(あとになってインドは英語も通じるし生活費も安いことからバックパック旅行の初心者向けには格好の国だということを何人かの旅先であったバックパッカー達に聞かされる)。 しかし結局、今行かないと気ままな旅行としてインドに行く事はおそらくもう無いだろうと、半場勢いで行き帰りの飛行機チケットと初日の宿の予約を申し込んで1週間後に出発の日を迎えた。

・デリーに到着
出発当日は正午くらいに成田を発ち、北京を経由してデリーに向かう。天気の乱れなどから到着が遅れ、デリーの空港についたのは現地時刻でAM2時を回っていた。とりあえず空港を出た所にあるプリペイドタクシーのカウンターに行ってみる。もうAM2時を回っているというのにたくさんのタクシーがところ狭しと並んでおり、客引きの運転手が押し寄せてくる。人が多い国だとは聞いていたがまったくその通りだというのがインドの初印象であった。熱心な客引きに腰が引ける半面、明らかに空港に到着する人よりもタクシーの数の方が多く、仲間とずっとおしゃべりに興じて特に働く気も無いように見える運転手もたくさんいた。
カウンターに行って受付の人に、拙い英語とジェスチャーと地図を駆使して自分の宿泊先まで行ってくれるよう頼むが、なかなか理解してもらえない。ふと横を見ると隣の受付に旅熟れてそうな日本人がやってきて、なにやら値段のことで受付と激しく言い争いを始めたがやがて受付の方が折れ、言い値でチケットを手に入れた旅人はお釣りを見て札が汚いから綺麗な札をよこせと受付に交換させた後、サッサとタクシーに乗り込んで去っていった。あっという間の出来事である。インドではかくもタフネゴシエーターでなければ生きていけないのかと大いに不安になったが、とりあえず今日の宿に行き着くためにとにかく受付に説明を繰り返す。しばらくして何とか相手が納得した素振りを見せ、何かの番号を書いた紙を渡されてその番号のナンバーのタクシーに行くように言われ、お金を渡してその場に行きタクシーに乗り込んだ。

・強かなタクシーのおっちゃん
空港から高速道路に出るがいきなり渋滞に見舞われる。こんな時間なのに混んでいるのも凄いが、運転手達が平気でクラクションを鳴らしまくるのにも驚いた。これだけ混んでいるとクラクションを鳴らす意味もないと思うのだが、自分の乗ったタクシーの運転手を見ていると、道を空けさせるためというよりはノリでクラクションを鳴らしているようにも見えた。混雑していながらも狭い合間を縫って車は進む。車間距離はほとんど数cmくらいしかない。中国の車の運転手の技術も凄いと聞いたがインドもかなりのものである。
タクシーの運転手であるがなかなか気さくな人で拙い英語ながらもしばらく会話。運転手にどこに行くのか?と聞かれてコルコタに向かうつもりだ、と答えた。すると、旅行エージェントを紹介してやろう、と勝手に旅行代理店の手前で止まって、その店の人を叩き起こして、とりあえず話を聞いてみろと半ば強引に連れ込まれた。とにかく今は疲れてるから明日にすると断るものの、いろいろ理由をつけて今じゃないとまずいんだと言う。売り上げの何割かがタクシーの運転手にキックバックされるからだろう。とにかく、いきり立つ運転手と叩き起こされたエージェントのやる気の無さの対比が面白かった。叩き起こされた店の人には悪いがとにかく断り続けると運転手もしぶしぶあきらめ、車に再び乗り込んで発車する。しばらくして運転手が着いたというが宿の名前が違う。運転手にそう言うと、こっちの方が安いんだ。俺の知り合いが経営してるから安心だぜ、という。もう宿の予約はとってあるから早くそっちに行ってくれと伝えると、またしぶしぶ車を発車する。運転手は何事もなかったかのように陽気に話しかけてくるが、しばらくすると他に安くていい宿を知ってると、勝手に知らない宿に行こうとして、そのたびに早く自分の宿に行ってくれと伝える、の繰り返しであった。ここまでくるとなかなかいい根性してるおっちゃんだなと感心さえしてしまった。
空港を出発してから30分くらい走ってようやく着いたといわれて外を見ると駅がある。どうやらデリー駅のようだが自分の泊まる予定の宿はここからまだ3kmくらいある。運転手に伝えると自分はデリー駅までしか行かない約束だと言い出す。自分は支払いの時にたしかにここに行くようにと伝えた,と言うと,自分の渡されたバウチャーはデリーまでと書いてあると言うので見てみると確かにデリー駅までと英語で書いてある。どうやら空港のタクシー受付は、自分の話が通じたからチケットを渡したのではなく、めんどくさくなったから話からなんとなく宿に近そうなデリー駅のチケットを渡したようである。
とにかくこんな時間にこんなところで降ろされても困るから早く行ってくれと運転手に伝えると、運転手は行くには150ルピー必要だと言い出す。空港からデリーまでの距離が10km以上あるのに対して、駅前から予約を入れた宿までは3kmくらいしかない。いくらなんでも取り過ぎだろうと言っても聞かない。昼間なら歩いて行くところだが、あたりはスラムのような雰囲気で歩くのは躊躇われた。今思うと信じられないが、その時は長いフライトの疲れでヘトヘトで、まだ現地通貨感覚が無かったこともあって150ルピーでいいからとにかく早く宿に行ってくれと頼んでしまう。笑顔で再び車を走らせる運転手。しかししばらく走っても一向につく気配がない。どうやらこの運転手も迷ってしまったようだ。夜遅くで客がいないというのにたむろするリクシャーに道を聞きながら道を回ること30分、ようやく宿に着く。約束なのでしぶしぶ運転手に150ルピーを払おうとしたが50ルピー札が無かったので200ルピーを出すと、運転手はお釣りの50ルピーを返す気配がさらさら無い。お釣りを出せといっても、自分は50ルピーを持っていないと言い張る。タクシーの運転手がお釣りを持っていないはずがないが、とにかくもう疲れ果てていたのでチップだからなと吐き捨てると、運転手は笑顔でサンキューと言い残して走り去っていった。
以後、これを教訓として小銭はなるべく多く持つように心がけ、お釣りが無い場合はリクシャーやタクシーに乗る前は必ず運転手にお釣りの有無を確認するようにした。もっとも、当初お釣りを持っているといってた運転手が、支払い時にやっぱり無かったと言い張るのはよくあることであり、この国で無駄なお金を払わないためにはつまるところ、どれだけ細かいことでも強気にこちらの主張を押し続け、根負けしないか、ということに尽きるということを今回の旅を通じて学んでいくことになる。

・ようやく宿に到着
何とか宿に辿り着いたとホッとするのもつかの間。ロビーにチェックインをしようとすると自分の部屋は無いと言われる。部屋は全て埋まっているとのこと。自分は確かに日本から予約したと言うと、どうやら、到着が遅かったので無断キャンセルだと思って客を入れてしまったらしい。チェーン系列の他の宿に連れていってもらってなんとか床に就けることに。今思えば、無理に到着日の夜に街まで出て宿に泊まらずとも、空港で一夜過ごして夜が明けてから街に出たほうがよかったのかもしれない。すでに現地時間でAM4時近くになり外も薄明くなり始めていた。ベットに横になりながら、こんなところであと12日間もやっていけるのかと不安に思ったりもしたが、疲れからすぐに眠りについた。
寝たのは4時過ぎだというのに8時には目が覚めた。外は当然すでに明るくなっていて、寝るまでの不安が嘘のように晴れた。やはり疲れは気分を落ち込ませるものなのだろう。朝食を食べてからチェックアウトして、さっそく外に出ようとすると、宿のマスターが、まだ鉄道の予約をしていないのなら旅行代理店に連れていってやるという。昨日のこともあって疑心暗鬼だったが、一応このホテルが日本の旅行会社から予約できるホテルであったため露骨な詐欺はないだろうと思ったことと、一眠りして気分も明るくなったこともあって、話だけでも聞いてみることにした。

・旅程の確定
外に出てみると昨日の夜はスラムのように見えた街には人がとにかく沢山いて活気に満ちていた。道には人だけでなく牛もいる。ヒンディー教では牛を神聖な動物としているため、食用にもできずに役に立たない牡牛は殺すこともできないため牛野良牛となって町をうろついているようだ。旅行代理店に向かうために宿の親父がリクシャー(自転車型の個人タクシー)を拾って指示をする。このリクシャーに乗っていけば旅行代理店に着くとのこと。自分に対しては常にやわらかい物腰だった宿の親父が、なぜかリクシャーに対しては、ヒンドゥー語のため言葉はわからないのであるがやけに高圧的な態度に見えたの印象的だった。

インド旅行1

インド旅行2

旅行代理店につくと、クーラーの効いた部屋には主に欧米系と見られる年配の客が沢山いた。何やらTシャツにリュック一つの自分が場違いに思えた。順番を待ってエージェントと話をしてみると、自分はすぐにコルコタに向かうつもりだったのだが、どうやらデリー発コルカタ行きの特急はすでに予約が埋まってしまったらしい。エージェントが勧めるには、デリーから近辺の観光スポットを観て周ってからコルカタに向かい、コルカタからデリーの特急で帰るならチケットが取れるとのことだった。自分が考えていたコースと逆になってしまうが、あらかじめ日本からインドの鉄道について調べたところ特急鉄道はチケットが常に品薄とあったので、チケットが無いというのは嘘ではないのだろうと思った。エージェントはこちらの要望を聞いてスケジュール全日程の鉄道と宿の予約、個人車付きガイドを含めたツアーを提案してきたが、これはかなりの高額であった。宿などは日本とさほど変わらない値段のホテルで大幅に予算をオーバーしてしまう。とりあえず絶対に必要な鉄道のチケットとデリー近辺を効率的に回るために近場のジャイプル、アーグラは車付きガイドを頼むことにし、それ以外はすべてプランから省いてなんとか予算内に収めてパッケージで購入することにした。もともとバックパッカー的旅行に憧れてきた面もあり、日本からは鉄道、初日以外の宿の予約を一切取らなかった自分にとって、パッケージを利用することには幾分抵抗もあったのだが、初心者であることの不安と、なにぶん2週間という期間はインドを見て回るには少なく、効率的に見て回りたいという思いが勝ってしまうのだった。
鉄道の予約も取ったことから今回の旅行スケジュールも大枠は決まった。

デリー → ジャイプル → アーグラー → バナーラシー
 → ブッダガヤ → コルコタ → デリー → 帰国

こうして個人ガイドの運転する車に乗って早速次の目的地ジャイプルを目指すのであった。

インド旅行記2につづく…



***おまけ 旅行エージェントとのやりとり(半分ネタですが)***

私: あまり予算がないんだけど大丈夫?
エージェント(以下エ): 大丈夫。予算に合わせてスケジュールを組むからね。
私: 2週間弱しかないから観光スポットを効率的に見て回りたいんだけど。
エ: そうすると行く都市を絞り込まないとね。とりあえず行ってみたい都市をざっと挙げてみてよ。
私: アーグラー、バナーラシー、コルコタ、それに…ブッダガヤーかな。
エ: ブッダガヤー!? そいつはいい! 俺にキスしてくれよ。
私: ははは、急に何を言い出すんだい?(こいつ何言ってんだ)
エ: 俺は仏教徒なんだよ。だからついうれしくてね。
私: いや~そうなんですか?仏教は日本でも馴染み深い宗教ですよ。
エ: そう、日本人は仏教徒が多いからついつい親しみを感じちゃうんだよ。
私: 別に俺は仏教徒じゃないんやけどね。
エ: ……
私: ……
エ: 料金だがまあ大体こんなもんだな ($500)
私: 高けえよ!

Posted on 2008/07/06 Sun. 22:10 [edit]

category: 旅行記

tag: インド  旅行 
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